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5月27日けん玉道場

5月30日(月)

台風も通過し、久しぶりに良いお天気になりました。

27日(土)のけん玉道場の様子をご紹介いたします。
この日は、台風の影響で雨が降り風も吹いていましたので、子どもたちが来てくれるかなぁ~と心配しておりました・・・。
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◆◆開始時刻には2人だけ・・・

しかし開始時刻を少し過ぎた頃に、立石学童の子どもたちの元気な声が廊下に響き渡りました!
今回は、みっちぃ先生がお休みでしたが、まさき先生(この雨の中、高速を飛ばして来て下さいました!
人数が多かったので(21名)けん玉を初めてやる“ 初心者 ”と2回目以上の参加になる“ 準初心者?”の二つに分かれて練習を行いました。


初めてけん玉をする子どもは、正しい持ち方や基本動作などを まさき先生から指導していただきました。
みっちぃ先生と同じ職場から応援にかけつけてもらっている朝倉市教育委員会 地域活動指導員の矢野サンも一緒に指導していただいています!
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◆◆「ここはこうするんだよ~。」
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道場への参加が2回目以上の子どもは、中学生になっても道場へ顔を出している有段者の子に担当してもらいました。
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「人に教えることで、自分も学ぶことがたくさんあるから、人に教えることは大事だよ。」
まさき先生の教え。

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名前がわからない見知らぬ中学生のお兄さんに、子どもたちは「ね~ね~」と呼ぶので、
「“ 山ちゃん ”でいいよ・・・。」
小さな子どもたちから「山ちゃん」と呼ばれてチョッピリ 照れくさそうな山ちゃん 四段 ・・・。


んんっ!? 基本の技を練習していると、大きな声が聞こえてきました。
「もっと膝を使って!!」
「皿に乗らないのは、玉を見ていないからだ!!」
「よ~く見ながらやるんだ!!」
・・・・・柴山 館長だ・・・・・。
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◆◆体育の先生の血が騒ぐ!柴山 館長 熱血指導中


全体で、基本の技を10回ずつやってみましたが、道場が久し振りに賑わっている風景でした。
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一通り練習をした後は、昇級試験です。
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◆◆初めての検定にドキドキ


検定を受ける時は、「お願いします。」で始まり、「ありがとうございました。」で終わりますが、検定中の態度や検定を見守っている子どもたちの態度も指導していきます。
真剣に試験を受けている子どもたちの邪魔をしないように、静かに正座をして検定を見守ります。
検定を受けている子どもたちも、技が規定数クリアしたからといって座っている時に足を投げ出したり ふざけたりしていると、
「検定中は見ている人も静かに!」
「正座!」
と厳しい声が聞こえてきました。

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◆◆コチラの方が試験中の注意が厳しかった・・・

けん玉は、けん玉道です。
礼儀作法はもちろんのこと、使用施設も公共の施設ですので、守るべきマナーもたくさんあります。

「この道場は、けん玉が上手になることだけを目的にしていません。礼儀もですが守るべきことは守って、けん玉の練習をしていって下さい。」
と館長。

「人が説明している時は、きちんと聞いて下さい。ふざけたりすると真剣に練習をしている人の邪魔になります。注意をしてもきかない人は、練習から外れてもらいます。」
と まさき先生。


良かったね~みんな。
叱ってくれる大人の人は、大切な存在なんだよ。
みんなの事を想っているから注意をしてくれるんだよ。
みんなが、どうでもいいなら注意もしないんだよ。
注意をしてくれる大人の人がいたら、「ありがたや・・・」と思いましょう 

館長とまさき先生の厳しい言葉の合間に、矢野先生(矢野サン 今後ともご指導のほどよろしくお願いします)のソフトな注意が入り
なかなかいい雰囲気でした。

めきめきと腕を上げた矢野サンは、この日無事に3級あがって、けん玉道5級になりました!
「・・・矢野サン 5級受かったの?」
私は、川端 主事の目がキラリと光ったのを見逃しませんでした。
子どもだけではなく、大人にも負けたくないのね川端 主事

あせらず・あわてず・あきらめず


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◆◆けん玉道場訓、段位・級位一覧
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◆◆道場オリジナルカードもございます(昇級・昇段するとシールをペタリ) 

次回は、6月11日(土)10:00~12:00です。

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当ブログでは、ブログ開設後の、平成21年度 第3回道場からの紹介をしております。
以前の道場の様子をご覧になりたい方は、

朝倉市教育委員会 生涯学習課ブログ『笑涯楽習のススメinあさくら』 をご覧ください。


平成21年度
1回目 2回目

平成20年度
記念すべき2008・7・22第1回目/ 第2回/ 第3回/ 第4回/ 第5回/ 第6回/ 第7回/ 第8回/ 第9回/ 第10回/ 第11回

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by tateishikou | 2011-05-30 14:47 | ★けん玉道場 | Trackback | Comments(0)

初夏の秋月を訪ねて・・・・②

5月24日(火)

こんにちは。
お約束通りに、昨日の続き「初夏の秋月を訪ねて・・・・」の後編です。

昨日同様、説明文の緑の文字の部分は、朝倉市教育委員会 教育部文化課 乙藤さんから頂いた資料を無断で掲載させていただいております。乙藤さんスミマセン・・・


秋月城(福岡県指定文化財)
黒門(福岡県指定文化財)


杉の馬場の南東東側の高台にあり、現在は中学校と公園に利用されています。堀や石垣とともに本門(黒門)、長屋門が当時の面影を残しています。本門は黒門と呼ばれ、秋月氏の古処山域搦手門を黒田氏が秋月城の本門に移し、さらに明治初年の廃城の際、垂裕神社の表門としたものと伝えられています。門は木太い薬医門で本瓦葺、男梁の上に大板引き蟇股(ひきまた)をおいています。蟇股(ひきまた)や水引虹梁の絵様から、天生年間の秋月時代までは遡らないまでも、17世紀前半の建築と推定されています。


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◆◆秋月中学校

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◆◆黒門
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秋月城は、「陣屋」造りの城郭で、西辺を水堀と石垣によって区切り、石垣上に5基の櫓を配していましたが、現在、この部分の石垣と塀が残っています。
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◆◆櫓跡

長屋門は、昭和62年度より3カ年計画で全面解体による保存修理がなされました。この解体によって新たな発見がありました。長屋門は城跡の旧位置にのこる唯一の遺構と伝えられていますが、昭和2年・文政3年に描かれた古地図では同じ位置に示されているので、位置が変わらなかったことは確かです。しかし、両図とも表門の幅よりせまく描かれています。解体の結果、長屋の中ほどに立柱の礎石の扉軸穴の偏心、門上部北側藁座から「嘉永三戊」の墨書が発見されました。この発見によって、本門は文政3年までは表門と同じ一間二戸薬医門か一間二戸棟門であったものが、嘉永3年に古材を利用して長屋をつけた現長屋門を建立したものと推定されます。
さらに幕末時の「秋月御館図」では、同じ大きさの長屋が描かれているが、解体前は南棟が桁行七間・梁行二間、北棟は桁行四間・梁行二間でした。発掘調査の結果、北側三間目は確認出来ませんが、二間は確実に張り出していたので、解体整備では、南棟は桁行七間・梁行二間のままとし、北棟に二間継ぎたして桁行六間・梁行二間の長屋門に拡張されています。

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瓦坂
大手門「黒門」の土橋である瓦坂。互を縦に並べて土の流れを防ぎました。
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◆◆たしかに瓦が埋め込まれています!


朝倉市指定文化財
旧田代家

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旧田代家住宅は、秋月藩の上級武家屋敷で、城下町に残された武家屋敷の中でも規模が大きく、母屋・土蔵・門・土塀・庭園という屋敷地の要素を全て有している。文政2年(1819)城下絵図では田代半太夫屋敷として428坪の敷地が記されている。
平成10年、秋月地区が重要伝統的建造物群保存地区に選定されると、保存物件として指定され、さらに平成17年に市指定文化財となった。
建物の年代は、文化11年(1814)9月に田代家焼失の記録があり、翌年までに再建されたものと思われる。その後、昭和にいたるまで増改築が施され、平成13年 田代氏から市へ寄贈されたのが契機となり、発掘調査や整備計画の策定を経て、平成19年から復元整備を実施した。
建物復元にあたっては、武家屋敷としての遺構が多く残る江戸後期頃の状態を再現している。
田代家は、寛永元年(1624)秋月藩成立時、初代藩主 黒田長興(長政 三男)に付けられた
家老、田代外記(政純、2000石)からはじまる。
貞享元年(1684)3代目六郎兵衛(政直)が福岡本藩に戻された後、元禄3年(1690)弟の半之進(政招)が藩主 黒田長重召抱えられたのが、当田代家の初代(100石)である。後、150石となり、以降増減なしで、代々秋月藩における上級武士として馬廻組頭・御鉄砲頭・御昇頭・御館御留守居・御納戸などの諸役を務め、明治を迎えた。
田代家の屋敷は当初、秋月城の西、浅ケ谷にあり、元禄12年(1699)、正徳4年(1714)、宝暦11年(1761)と大火に見舞われている。4代目伊左衛門(政尹)の時、文化3年(1806)にも大火があり、その後同6年(1809)頃に現在地への配置替えとなった。文政2年(1819)の城下絵図に見える田代半太夫(政駿)は5代目にあたる。
~朝倉市教育委員会 文化課資料による~

■開館時間:午前9時~午後4時
■休館日:年末年始(12月28日~1月4日)
■入館料:無料



フラフラと歩きながらもアチラコチラに「観る所」がありました。

かつての藩士の登城道である「杉の馬場」には、藩校「稽古館」や秋月郷土館が建っています。
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◆◆秋月美術館

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◆◆文化財発掘中

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◆◆杉の馬場通り

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◆◆秀吉が秋月征伐の際に腰かけたと伝えられる 大公石

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ここまでの説明も、時間が足りないせいで(2時間でも足りない!)短縮バージョンの急ぎ足で説明をしていただきました。
本当は半日かけて、もっと ゆっくりと乙藤さんのお話を聞きながら秋月を歩くのが理想だと思います!

短い時間でしたが、中身の濃い時間を過ごせました。
乙藤さんありがとうございました。
またお願いする機会があるかと思いますが、その時は又よろしくお願いいたします。
参加者のみなさまも暑い中お疲れ様でした。

秋月の説明を是非とも乙藤さんにお願いしたい!!とお考えの各種団体のみなさま。
乙藤さんの連絡先はコチラです 
朝倉市教育委員会 教育部文化課
☆電話番号 :0946-22-0001
☆FAX :0946-23-0697
☆メールアドレス:bunka@city.asakura.lg.jp


☆☆☆ 《 秋月観光マップ 》はコチラ ☆☆☆
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by tateishikou | 2011-05-24 14:07 | ★その他 | Trackback | Comments(0)

初夏の秋月を訪ねて・・・・①

5月23日(月)

今日は1日雨模様になりました。
もうすぐ梅雨の季節です。

さて、先週の20日(金曜)に朝倉市公民館主事補・コミュニティ事務局員の会議の後に、秋月の歴史探訪をしてまいりました!

案内をしてくださるのは、歴史に詳しいことはもちろんのこと、その説明がとてもわかりやすいと大評判の朝倉市教育委員会 教育部文化課 乙藤氏

公民館やコミュニティは、仕事柄、歴史関係のおはなしを聞く機会を“設ける”ことも多いので、文化課の乙藤さんには、どこも少なからずお世話になっておりますが、乙藤さんにお願いすればまず間違いがない!・・と皆が申しております!!

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◆◆歴史探訪をするならこの方 乙藤氏

朝倉市の主要観光スポットである秋月のことを、いつでも紹介できるように・・・と、会議に参加していた市内公民館主事補、コミュニティ事務局員のみなさんだけではなく、朝倉市コミュニティ推進室や生涯学習課の公民館・コミュニティ担当の方達が多数参加されておりました。
さぁ みなさん 一緒にお勉強 お勉強・・・。

乙藤さんが持って来てくださった資料には、
『初夏の秋月を訪ねて・・・・』

と、とても素敵な題がついていました。

以下、乙藤さんから頂いた資料から抜粋してご紹介いたします。
※緑の文字が乙藤さん資料からの抜粋

古心寺
秋月黒田氏の菩提寺。興雲山古心寺。
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黒田長興により、父長政の菩提を弔うために建立されました。
境内の奥の一角に秋月黒田家十二代までの藩主、正室、側室、子女達の墓が並んでいます。
高さが2m以上ある墓が並んでおり、風化もせずにきちんと並んでいます。この墓は秋月石と呼ばれる花崗岩です。
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黒田長政の長男であった「忠之」は暗愚(おろか=頭の働きがにぶいさま。考えが足りないさま。)であったために、長政は聡明な三男の長興(ながおき)を後継者にしようと思っていましたが、家老の栗山利章が反対したため、結局は忠之が第2代藩主となりました。しかし、長政の遺言で長興に5万石(秋月藩)を分知しました。この時に初めて秋月黒田藩が誕生したのです。この恩に報いるために、「黒田長興」が、この古心寺を建立しました。
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日本最後の仇討
秋月藩執政の臼井亘理(うすいわたり)は、藩はじまって以来の大極流の軍学に対し、足軽の新銃隊(福岡本藩に習った様式兵制)を組織しました。
これに怒った「干城隊」と称する青年士族グループが臼井亘理宅に押しかけ、妻もろとも斬殺しました。長男六郎(当時11歳)は、祖父と別室に寝ていて難を逃れました。この時「稽古館」助教の中島衝平も斬殺されました。
19歳になった六郎は、直接父母に手を下した一瀬直久(旧名 山本克己)を追って上京します。一方、一瀬は司法省に入り、官吏の道を歩んでいました。六郎は苦難のすえ、明治13年12月17日東京上等裁判所(現 東京高裁)判事に出世した一瀬を旧秋月藩邸で、父遺愛の短刀を用いて刺殺しました。(六郎23歳)
明治6年の仇討禁止令後の出来事で、世に“日本最後の仇討”と呼ばれました。六郎は、明治14年9月に終身刑を言い渡され服役していましたが、明治23年大日本帝国憲法公布により大赦の施行で仮出獄し、大正6年9月に亡くなりました。享年60歳。
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腹切岩
天生15年(1587年)3月、豊臣秀吉は、九州平定の途につきます。(第一陣、第二陣は1月に出陣)
秋月種実は島津義久と同盟し、秀吉の軍を迎え撃ちますが、北九州随一の堅城を誇った岩石城をわずか一日の戦いで攻め落とされて降伏します。それまで筑前・筑後・豊後の3カ国11郡36万石余を誇っていた旧領を失い、わずかに その10分の1以下の日向財部(たからべ/高鍋)3万石に移されました。これより先、秋月の重臣の一人、恵利内蔵助暢堯(えりくらのすけのぶたか)は、秀吉勢は強大で、秋月勢の到底抵しきれるものでないことを悟り、種実に和を結ぶことを進言しますが理解を得られず、かえって怒りを買い、ついには自刃するという悲劇に終わりました。《天生15年(1587年3月14日 享年38歳)》


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鳴門観音
寛永年中 当主 黒田長興が秋月に入国した後、恵利暢堯(えりのぶたか)の忠誠を感じ、一宇の堂を建立し、霊を安置され鳴門山音声寺と称された・・・と伝えられます。その後、廃寺となり、今残る観音堂は、国中第29番目の札所として巡礼されています。
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大涼寺
秋月黒田長興の生母、大涼院殿の菩提寺です。
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大涼院殿は徳川家康の養女永子で、寛永12年(1635)正月、当時秋月に蔓延していた疱瘡を患って51歳で逝去しました。新更新厚かった長興は、母の三回忌にあたり法要を営み、母の位牌をこの寺に安置しました。この寺はもともと、高照院浄仙寺と言って、天生3年(1575)の秋月氏時代、秋月氏の家臣であった牧四郎左衛門が別な場所で開山し、長興が入部したのち寛永9年(1632)に今の場所へ移されたと言われています。母の位牌を安置して、本堂背後の小高い丘に石碑を建てて、「秋月山浄仙院大涼寺」と改めて、寺領三十石を寄進しました。
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長生寺
慶長5年(1600年)長崎の豪商、末次興膳善入が85歳の記念に建てたものです。
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本堂は立て直されましたが、山門は当時のものがそのまま使われています。

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◆◆足元に可愛らしいお地蔵様の焼き物が
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ここには、緒方春朔のお墓があります。
緒方春朔は、種痘の研究・人痘種痘法の全国への普及に尽力した後、文化7年(1810年)1月21日、63歳で没しました。
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※杉の馬場入口の右側に、甘木朝倉法人会と朝倉医師会による企画事業で、没後200年記念碑が建立されました。碑文には、緒方春朔の業績を讃えてあります。
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ここまでで、2時間コースの半分でしょうか・・・。
残り半分は明日のお楽しみということで、今日はこの辺で失礼いたします。
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by tateishikou | 2011-05-23 20:27 | ★その他 | Trackback | Comments(0)

第1回 成人学級

5月13日(金)

昨日12日(木)、今年度の成人学級が42名でスタートしました。

第一回目は、《 ガーデニング:春の寄せ植え 》
A筑前あさくら 営農総合センター・きばる桑野サンと伊藤サンに教えていただきました。

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◆◆左:伊藤サン 右:桑野サン

今回は、一鉢に9種類のお花を寄せ植えにします!

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持って来て頂いた見本はコチラ。
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どうです?綺麗でしょう??
2種類のどちらかを選んで、作っていきます。


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◆◆どう植えるかなぁ~

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◆◆こうかしら・・・
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◆◆ああかしら・・・


みなさんの出来上がりは・・・・
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あいにくの雨でしたが、みなさん笑顔でお持ち帰りになっていました。
よかった よかった。

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*************次回の成人学級は***********

6月9日(木) 10時より 
 講師に、AIM国際ボランティアを育てる会 代表 里川 径一氏をお招きして
人権講座 「世界の中のあなたとわたし」を予定しております。

************************************
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by tateishikou | 2011-05-13 10:35 | ★成人学級 | Trackback | Comments(0)

朝倉市 立石コミュニティ      毎日のドタバタ日記


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